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2007年2月28日 (水)

風邪をひきました

昨日から、子どもの風邪がうつったのか、花粉症とはまた違って、悪寒はするし、喉は痛いし・・・。不調です。

体調が良くない上に、先日から熱のある長男をおんぶして歩いたのが祟って、足腰が痛むし、仕事の疲れもあって気分的にも落ちていました。

心と体は一体だなあと途方に暮れていると、些細なことでオットを怒らせてしまい、さらに凹で眠れず。

ワインを飲んで、読書をして・・・やっと寝つくと悪夢をみて、さんざんな一日の幕開けを迎えてしまった。

心とは裏腹なスッキリとした青空を見上げて、我を省みると、なんてちっぽけなんだろうかと思いました。

一人で子どもが残したご飯を食べているとポロポロと涙がこぼれてくるので、これではいかんと思い、髪の毛を切りに行くことにしました。気分を変えるためです。

今から美容院に行って来ます。

落ち込むたびに髪を切っていたら、髪の毛がなくなっちゃうかなあ。

今日は給料日。ありがたい。

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2007年2月27日 (火)

つれづれに・・・

オットが簿記2級のリベンジにどうやら成功したらしい。

まだ自己採点だけど、90点以上は確実なようだ。11月の試験では4点足りなくて落ちたけど、そのお陰で、本当に実力がついたのではないかと思う。

これで、リストラは回避できるのだろうか???リストラされて自給自足生活になるのもまた楽しそうではあるが。毎月お給料が頂けるという安心感は捨てがたいよね。

思えば、オットの試験勉強中は子どもと3人、まるで母子家庭のような生活だった。。。感慨

あっ、次はもしかして1級への階段を上がるのか???・・・また母子家庭の予感。

まあ、それもよいかな。ああ、私もなんだか勉強したくなる。なにかにチャレンジしたいなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長男サクが日曜日から久しぶりに高熱を出している。

インフルエンザではなかったけれど、40度の熱。

昨日は仕事を休んで看病したが、そう毎日休むワケにもいかないので、おばあちゃんの家に預かってもらった。

夜、寝る前に電話すると、サクが言う。

「ママ、みんな、どうもありがとう。みんなも頑張ってね。」

4歳の子が40度の熱のある子が泣き言も言わないで、泣かせる。。。。

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2007年2月24日 (土)

迷うのが人生&answer

今日はオットの祖母の13回忌

夕方からオットの実家で法事があったので出席する

住職のありがたいお経の後ろに座ったサクが

「神様お願いします。ムニャムニャムニャ・・・」と唱えるので可笑しいケド、住職や集まった親戚の方々にも申し訳ないのでなんとか黙らせる。

お経の後に毎回法話がある。不思議とその時々にちょうどタイムリーなお話のことが多い。

人は仏様に導いていただける。

どういう人が導いていただけるかというと、迷っている人です。生きている限り、人は迷うものです。

まず自分が迷っているということを知らんといけんのです。

どうやったらそれを知ることができるかというと、自分の立っている位置を知ることです。自分が今どこに立っているかということを知れば、次はどのみちを行こうかという風になるわけです。

子育てに関しては、食事の時、最近のお母さんは栄養のことばかり考えますが、何グラムとか何カロリーとかいう数字よりももっと大事なことがあります。

一番になることよりも大事なことがあります。

いろいろな人に囲まれて育つと、いろんな言葉を聴きます。

仲良うせんといけんぞとか。優しゅうせえよとか・・・。

昔はみな仏さんの隣で、こんな言葉を聴いてそだったものです。

というようなお話だった。(あれっ、かなり忘れてしまったけど、ちょうど、これでいいのかな、今のままでいいのかなと迷っていたし、聞いたときは感動したのでした。) 

保育園で借りた雑誌に「勝て!」ではなく、「共感の心」を育もうという文章を読んだばかりで、子育ての話の内容が似ていたので鳥肌がたった。

雑誌より↓

たとえば、子どもが幼稚園や保育所から帰ってから、「ケンちゃんすごかったんだよ。今日逆上がり10回も回ったんだよ。すごいよケンちゃん。」とお母さんに言ったとします。この時、お母さんであるあなたはどういう言葉をわが子に返すでしょうか。

ほとんどのお母さんは、「へえ、ケンちゃん運動神経いいのねえ、すごいね。」と言うでしょう。でもその後に、「で、あなたはどうなの?」と聞くのではないでしょうか。そして「できないよ」と子どもがいうと「何よ、自分ができないで人ができたことを喜んではかりいてどうするのよ」となりませんか。

今の大人たち、こうやってしらないうちに競争をあおり、「勝て!勝て!」とわが子にいっていないでしょうか。

人ができたことを自分のことのように喜ぶあなたって、いい子ね、大好き!」と言えないのでしょう。人のよろこびを自分のことのようによろこぶというのは、人間としてしっかり育っている証拠です。

人間が社会で生きていく時に、一番大事なことは共感することです。

というような文章でした。

兄弟の嫉妬に関しても、嫉妬と共感は根っこが同じ感情で、嫉妬するのは仕方がないし、嫉妬しているというのは心が育っている証拠です。嫉妬と共感をにこやかに見守ってあげればよいのです。「上の子もあいしているんだよ」ということをしっかりと伝えながらも、この気持ちは耐えるしかないということもわかってもらわなければなりません。でもその繰り返しを体験することで、決して「自分がだめになるわけではない」ということを分かっていくのです。

兄弟間の嫉妬にも最近悩みあぐねていたので、ありがたい文章でした。

住職の言葉のように、迷っているから導いてもらえたのか?!

こうして求めていた答えをもらったので、次は実行しなくちゃ。

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バイオリン教室

先日子ども達を連れて、バイオリンの体験教室に行って来ました。

Nec_0021_2バイオリンというと、初心者はギーギーと耳障りな音が出るかと思いきや、始めてソウが奏でたラの音はとっても美しくて、母は感動の嵐でした。

の音でいぬとかねことか表現していきます。

ただ、バイオリンは顎と肩で挟んで演奏しますが、それが子ども達にはキツイみたいで、二人とも15分で音を上げてしまいました。

高価なバイオリン。落っことさないかと、先生も気がきではありません。

(とても優しくて好感の持てる先生でした。)

先生曰く、5歳くらいから習うのが適当らしいのですが

体験したサクは「バイオリンを首に挟むのがしんどいからもういい!」とのこと

ちょっとまだ無理かな~と言われたソウ3歳の方は・・・

「バイオリンやりたい!」とハッキリと意思表示。

お兄ちゃんのサクが習っているサッカー教室はやりたくないの一点張りだったソウが、ハッキリとやりたいと言う。

やらせてやりたいなあ。母心が沸々と・・・

一方、一緒に付き添ったオットまで「僕もバイオリン習うよ。」って。

一応、夏に新築&引っ越しという我が家には一大イベントが控えているので、モロモロはその後でということになったものの、ちょっぴりクラシックな音楽にあこがれる我が家の一コマでした。

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2007年2月22日 (木)

お尻の拭き方

サクがパンツを丸めて挙動不審な動きをしている。

「そのパンツどうするの?」

「なんでもない。なんでもない。」

「そのパンツ見せてみて。」

しぶしぶ見せてくれたパンツにはうんちがついている。

「どうしたの?」

「オレ、お尻拭けないんだ。保育園でうんちして、拭けなかった。家がいいんだ。」

「ちり紙で拭けばいいじゃない。自信がなかったら先生に言えばいいのに。」

「言えないよ!」

「そうかあ。仕方ないけど、自分で拭けないとお母さんいないとき困るでしょ。」

お風呂でお尻を洗いながらの会話

「もうきれいになったよ。仕上げに石けんつけて洗っとき。」

「え~でもそれじゃあ石けんが汚れるよ。」

「だいじょうぶよ。洗うために石けんはあるんだし、あと流せばきれいになるから。」

「わかった。」と洗い「きれいになったかなあ。」と不安な顔。

なんとも繊細なもうすぐ5歳のサク、あきれさせられたり、笑わしてくれたり・・・

オットに相談すると、今度教えてやるとのこと。

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2007年2月14日 (水)

雨のち晴れ・・

週末はサクのサッカーの試合があったり、疲労は蓄積。

骨休めに実家に甘えることにしました。

オットは簿記の模擬試験があったりと、追い込みの時期なので一人留守番。

実家に帰って、ホッとすると体は泥のように重たく。母に甘えてダラダラと過ごさせてもらいました。

そんな私に母は言う。

「もう少し、子供が大きくなったら楽になるよ。今が一番しんどい。もうしばらくだから踏ん張りなさい。」

67歳になった母は93歳になった姑を介護しながらも活き活きとしている。

「ショートステイに預けると余計に弱るし、お金もかかるから、もう私が看ることにしたのよ。毎日体操させてたら、おばあちゃん、手が上がるようになってきたのよ。」

あんなに意地悪だった祖母を、はじめは嫌々だったけど、最近は介護するのが楽しそうにも見える。

「私もいつまで元気でいられるか解らない。できることはやっとこうと思うのよ。テレビで大往生というのをやっていて、死ぬまでに自分の経歴を書いておくといいらしいの。ただの経歴じゃなくて、感謝の経歴。お世話になったことを思い出して、ありがとうの思い出を書いておくといいんだって。あと、死ぬまでに大切な物を書き出して、ひとつづつ捨てていくんだって。最後に残った一つだけを胸にあの世に行くといいんですって。」

昨年、夫に先立たれた母は、自分の命の期限もかなり意識している。

それまでは病気をしても誰も身内に、かかえる不安を解ってもらえる人はいなかったけれども、父のお陰で命の話をする相手ができたことに感謝。

こんな些細な会話に元気をもらって、また頑張れる。

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お財布の傷

悩んで、思いきって、新しいお財布を買った。

3日ほどは使わずに箱に入れたまま眺めて過ごした。

4日目に思いきって古い財布からカードやらお金を引っ越しして・・・

やっと鞄に入れて持ち歩いた。

ちょっとワクワク。自分の中で幸せな気分。

数時間が過ぎて、ふっと目をやるとお財布のど真ん中にひっかき傷が付いている。

「うそでしょ~(涙)」

何度確かめても、その傷は深くて、目立っていて、消せそうにない。

「・・・(固)」

それからお買い物をするたびにその傷を目にして、落ち込む自分。

「あ~・・・。どうしてこうなるの・・・。」

あんまり落ち込んでいるので、オットが横から言う。

「もう一個買ってあげようか?」

「う~ん。そうしたいけど・・・。」

と傷ついたお財布をながめながら、この財布を捨てるのも忍びないと思う。

真ん中にザックリと付いた傷はまるで自分の傷のようにも見える。

そう思ったとたんに、余計に捨てられないと思う。

傷はあっても大好きになってあげたい。大事にしよう。

どうして?と傷を見ては落ち込んでいたけど、そのことを教えるために傷ついてくれたのかもしれないと思うようになった。

最近、忙しくなって疲れたからだを横にして、ゆっくりお昼寝をした。

今日もみんなにありがとう。

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2007年2月11日 (日)

がん体験を聴いて・・・

演題「がんに学ぶ~記者ががんになったとき」

講師:伊藤一亘さん(中国新聞の記者さん)の講演会に行ってきました。

自分とほぼ同年代と思われる伊藤さんのがん体験を聴いて、そうして生きている人がいるんだということを改めて知りました。

働き盛りで、幼いお子さんがいる伊藤さんに親近感を覚えながら聴きました。

最近、思いのほか元気になって、自分が病気をしたことを忘れてしまいそうだけど、忘れてはいけない記憶であったり・・・、今もたくさんの人達がそのただ中にあることを心にとめて、一日一日を大切に過ごさなくてはいけないと思いました。

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2007年2月 8日 (木)

心の鏡

朝はとても忙しくて、イライラする。

ご飯の支度、洗濯、ゴミ出し、子供が幼いので着替えも何も手がかかる・・・。

ヒーターの前でオットが子供を膝に抱き、ボーっと座っているのをみると腹が立ってくる。

私はこんなに忙しいのに、子供を着替えさせて、朝ご飯を食べさせて欲しい・・・。と心の中で叫んでいる。

そのうち堪えきれなくなると「早く準備してよ!」と怒鳴ることになる。

するとオットは突然怒鳴られて不快になり、「なんだよ朝から、うるさいなあ。」となる。

するとお互い不快な気持ちで一日がスタートしてしまう。

先日、またイライラしていた私に、オットが笑顔で切り返した。

「どうしたの?そんなにイライラして。」と、いつになく優しい言い方だ。拍子抜けしてイライラが吹っ飛んでいった。

今まで私がイライラしていたら、オットは更にイライラして、イライラの倍返しになるパターンが多かったので、この朝私はオットが私より先に一つ階段を上がったなと思った。

保育園で育児に関する本を貸し出している。今日、借りた本を開くと、「人は自分の心の鏡」という文章がとびこんできて、読んでみるとこの朝の状況と同じようなことが書いてあり、驚いた。

この場合、オットが子供を抱いて座っている姿に私が必要以上に「痛み」を感じ、怒鳴ることでオットを痛めつけている。ということが書いてある。

「痛み」を感じる人は人を痛めつけるのだ。「忙しいから手伝ってね。」と普通に言うこともできたのに、怒鳴るまでになるのは「私に痛みを感じさせる相手は痛めつけなければならない」というライフスタイルがあったからだ。と書いてある。

そして、お互いの言葉は相手が次に選ぶ言葉に影響を与える。相手が攻撃的な性格であるために攻撃的な言葉が使われていたと思いがちだが、よくよく考えてみれば、その片棒を担いでいるのはほかならぬ自分の言葉。とある。

自分が攻撃的だなんて、思いもよらなかった。自覚している自己はまだ氷山の一角。

明日の朝からはイライラしないで穏やかなスタートがきれるかもしれない。

人の行為や言葉で、否定的な思いになることは多い。

否定するということは、その対極にあるものを肯定していること。これが自分の持っている「正しさ」で、自分の持っている「正しさ」の対極に位置するものを認められたとき、対極にいる相手を認めることができる自由を手にすることができる。

それができたら心は穏やかで晴れわたるんだろう・・・。

*感謝します*

「かぼちゃ村」←村長さん(心理カウンセラー・フリーライター・兼業主夫で、子育て支援グループのカウンセリングをされている方)の文章を読みました。

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2007年2月 6日 (火)

イメージすること

看護学生だった頃、抗ガン剤治療中の患者さんを受け持ったことがある。

自分になにができるのか悩んで、いろいろと本を読みあさった。

そしてイメージコントロール法というのをパンフレットにして渡した。

頭の中で、癌が小さくなっていくのをイメージするというもの。点滴中などは薬が病気をやっつけているのをイメージする。

私自身半信半疑、だけどそれで少しでも自然治癒力が高まればいいと思った。

その時の患者さんはとても喜んで、真剣に取り組んでくださった。

(8年たって、まさか自分がそれをする身になるとはその時はつゆ知らず・・・。)

私が癌を告知されて、その病気が初期よりも進んでいたことから、目の前には最悪のイメージがいやおうなしに浮かんできて、入院中は布団にもぐって、何度も泣いた。同じ病室には末期に近い方々。自分の立場を否応なしに知ることになる。

気がおかしくなりそうだったので、癌を克服された人の本を読みあり、一日に5~10分ほど面会に来てくれるオットには手を握って、ひたすら「だいじょうぶ、治るよ。だいじょうぶ、成功するよ。」を何百回と繰り返し言ってもらった。

今思うと、この「だいじょうぶ。」の呪文がくじけていた私にすごく効いたように思う。

面会に来てくれた友達も「何度もピンチを乗り越えて来たんじゃない。今度もだいじょうぶ。」って言ってくれたし、「顔色がいいから安心した。」と泣いて喜んでくれた子もいた。

前向きな言葉は本当に力になる。

台風の中やって来て「あんたは良い嫁になろうと頑張りすぎたんよ。馬鹿馬鹿しい!元気になったら鬼嫁になりんさい。」とハッパをかけてくれた友人にも感謝。大笑いした。

兄は「これは勝負じゃ、勝負は勝たないと意味がない。絶対勝つと思って挑め。」と言ってくれた。

あと、丁度オリンピックのシーズンで、やわらちゃんの精神力にはいい影響を受けた。

ちょと脱線したけど、そんなわけで数ヶ月間、イメージトレーニングをしたのでした。

先生曰く「癌になるのはさまざまな要因が重なって、癌になるのであって、これが悪かったと断定はできない。ストレスだったり、生活習慣だったり、その素因があったり・・・どれか一つでは癌にまではならない。」

私の場合、癌になるまでの数年間。生きていくのがとても辛くて、常に「死んだ方が楽だ。」とイメージしていた。オットと喧嘩してもお腹のあたりにキューっと違和感を覚えていた。そういう負のイメージや感情が一番弱い部分に癌という形になって表れたのではないかと思う。

良くも悪くもイメージから。もう絶対に死にたいなんて思わない。

2度目の一番大きな手術を前に、先祖のお墓参りに行った時のこと。

無心に手を合わせていると、目の前にまあるい癌が浮かんで、それがフワーッっと消えていく映像がハッキリと見えた。ビックリして息を呑んだ。

もともと想像力が豊かな方だけれども、意図せず、無心な時だったので、それは不思議だった。

その後、頭に腫瘍ができた男の子が治療を諦めて、幻の蝶々を探しにジャングルに行き無心に蝶を追いかけているうちに奇跡的に腫瘍が消えるという実話に基づいた映画をレンタルして鑑賞した。驚いたことに、映画のなかで腫瘍が消えるイメージと私がお墓で見たイメージはほとんど同じだった。

そうして術後の検査の結果、幸運にも間違いなく転移していると言われていたリンパ節への転移は見あたらなかった。

イメージするだけで病気が治るとは思わないけれど、少なからずなんらかの力はあると思う。

あと、言葉には「言霊」といわれるがごとく、力がある。

イメージ&言葉は健康面だけでなく、人付き合い、恋愛、その他色々な面で重要なのだと知るのでした。

<ありがとうございます>

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2007年2月 4日 (日)

幸せになる心

人の幸せを「良かったね。」と素直に喜べる心があるかどうか、これがポイントなのかもしれません。

劣等感のある人「あなたばかり楽しくていいわねえ。」という風にちょっとひねくれて言ってしまう。

劣等感は子供時代に親が魅せる表情(がっかりした顔)で植え付けられるらしいです。

昨今、誉めて育てる育児法が流行っているけれども、ちょっと間違えると愛の暴力になってしまう危険性がある。

善悪の基準が親の顔色になってしまうのは恐ろしいことで、いい子にしていないと、親の望むところでないと価値がないと子供に植え付けないように、「自分はどんな時でもかけがえのない宝物」であることを感じさせられる親になりたい。

自分の中にどんな劣等感があるだろう

親の表情がいかに大切か

心からやりたいことをやっているか

自分を愛しているか

考えながら子ども達と過ごす節分でした。(鬼はそと、福はうち)

*いつもありがとうございます*

↓読書中です。

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2007年2月 3日 (土)

諦めないこと①

独身の女友達3人がうちに来て、新年会をした。

鍋をつつきながら、爆裂30代女トークに花が咲く。

3才と4才の息子にはかなり刺激的だったであろうけど、そういう環境にも慣れて欲しい母の願望もある。

すっかり酔っぱらっていると、オットが帰宅してくる。

美女に囲まれて、男性心理を追求されてるオット。

「やっぱり、美しい女性であって欲しい。毛糸のパンツはやめて欲しい。」と漏らしている。

先日、息子からも指摘され、身なりに手抜きをしてきたことを反省していたが、更にこの日もオットや友人から女を捨てるな的アドバイスを受けて、素直に改善しようと心に決めたのでした。

そんなわけで、1000円コスメを10年ぶりに卒業し、皮膚の幹細胞を刺激して、活性化させるという乳液を購入し、お手入れすることにした。

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今話題の佐伯チズさんの本によると・・・

「年齢ではなく意識」なのだそう。

35歳は自分が何者で、何がしたいのか?何があれば幸せなのか?自分を知る適齢期なのだそう。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」謙虚さを胸に頑張ろう。

佐伯チズさん曰く、結婚していなくても幸せになれるし、結婚してしまった人も「与える気持ち」を忘れなければ、幸せになれる。

今日聞いた話によると・・・

「なにかをしてあげよう。」と言われたときに、「いいです、いいです。」と断っていると、結婚できなくて、それを「ありがとうございます。」と素直に善意に甘えられるようになると、まず、間違いなく結婚できるのだそう。結婚したい人は試してみてください。

そういえば20代の時に「恋人ができるテープ」というのが友人の間で回されていた。確かにそれを聴くと、彼氏・彼女ができたという人が多かった。(結局、意識の問題ということかなあ)・・・幻のテープ、今はどこに???

*あなたのご訪問に感謝です*

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