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2007年4月30日 (月)

お掃除で開運?

地球の裏側で、開業して大成功している起業家がいるそうだ。

言葉も通じない、起業するのは日本よりも過酷な環境で、どうして成功したかというと・・・

トイレ掃除をしたそうな。

「トイレ掃除で?掃除屋?」と問う

掃除屋ではなくて、美容院だった。

「全然関係ないようだけど・・・。」

その起業家はその国の公衆トイレを綺麗に掃除して廻った。それまで、その国の公衆トイレは劣悪な状況だったから、たちまち話題となってその人のお店はとても流行はじめたのだとか。

それから、いろいろな起業家が我も我もとトイレを掃除しに来るようになったとか。

そんなツアーもあるらしい。

「へえ~。でも、トイレ掃除しに地球の裏側まで行こうとは思えないなあ。」と言う。

トイレを素手で掃除することで、何か解脱できるらしい。

以前、ドクターコパブームの時期に、家中を掃除して、西に黄色いカーテン、東にオーデオ、南にグリーン、南西の玄関に盛り塩を必死でしていたことがある(笑)

当時、子宝に恵まれなくてワラをもすがる思いだった。

結果的にはそのお陰かどうかは定かではないが、ふるさと小包セットが当たったことと、可愛い男の子が2人授かった。

その後はすっかり風水からも離れて、家の中は散らかり放題。

公衆のトイレは素手で掃除する気にはならなけど、まず自分の家を掃除しよう。

「3日で運がよくなるそうじ力」なる本をリサイクルショップで100円で購入。

まずは心をその気にさせなくてはってことで。

読後、案の定みなぎるやる気にまかせて最近は掃除が趣味になりつつあるのでした。

あと2ヶ月で引っ越しだけど、最後の2ヶ月は気持ちよく過ごしたい。

そうして先日スクラッチを購入。

今まで最高当選金額500円だったのですが・・・。

苦節何年だろう?

この度当たりました!

4等10000円

やったあ!ツイテル!とうとう運が巡ってきたよ!

って、結局これが言いたかったのです。あんまり嬉しかったので^^

で、今日はグリーンジャンボにむけて駐車場を掃き掃除してみました。

運を信じるべきだ。そうでなけりゃ、どうやってあの嫌いな連中の成功を説明できる?byフランスの詩人 ジャン・コクトー

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2007年4月25日 (水)

つれづれに・・・夢

とうとう連休明けにはSWEET MY HOME が着工となる。

7月末までには完成して、引っ越しだ。

なんだか人ごとのようで実感がない。

夢が実現するというのはこういう感じだったかナ。

10年間あこがれつづけた家。

何度も手に入りそうで、入らなくて、諦めかけたり、失望したりの繰り返しだった。

途中死にかけたけたりしたけど、まだ生きてるし。

夢にむかってまた歩きだそう。

夢とはそういうもんだ。

って、ふと子供の頃みたアニメ「花の子ルンルン」を思い出す。

七色の花は自宅の庭で咲いていた。

そう、その花は咲いていたのだ。

でもまてよ。

旅に出たことはルンルンにとって無駄だったのか?

遠回りしないと見つけられない真実もあるということ?

旅に出ないで家にいてもその花は咲いたのか?

その種はもともとそこにあったのかもしれない。

だけど、条件が整わないときっと花は咲かないんだ。

適切な採光

適度な雨

適度な栄養

必要な時間

ルンルンは旅することで、笑い、泣き、心豊かに成長してそうして花に固執しなくなって、家に帰ったときにその花を見つけたんじゃなかったっけ。

確かにやっと額縁ができたところ。

キャンバスに絵を描くのはこれから。

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2007年4月21日 (土)

これからだよ。

春の風邪は我が家をもう一巡して、やっと通りすぎていった。

自分の免疫力の低さと、子ども達を充分に看病してやれない状況に頭をかかえながらだけど、今の仕事が少し面白いと思えるようになってきている。

だけど、自分の内面的に行き詰まりを感じていた。

そんなわけで、パソコンからも離れて、今まで手をつけていなかったことに没頭してみていた。

なんでも好きなことに打ち込んでいると、ある程度のところまでくると行き詰まる。

そういうときはあえてそこから離れて、違うことをするといい。そうして戻ったときには、よりいっそうの前進を感じることができるというようなことを尊敬する須藤元気氏も言っている。

先週末は父の一周忌だった。

遠くの存在になりつつあった父のことをドップリ思い出して、心の中で父と会話していた。

心の中で父は

「お前が泣き言を言っていると、心配で仕方ない。お父さんは向こうでもいっぱい仕事があって忙しい。深呼吸して、精一杯生きなさい。」

って言った。

法事で住職が「千の風になって。」という歌の話をされていた。

父の魂も墓の下で眠っているのではないと。

母が「もう人生に悔いはない。」と言う。

精一杯生きてきたから、いつその日が来てもいいのだと。

「だけど、その日まではみんなのためにできることはするよ。」って。

すごいなあ。私はまだまだ悔いだらけ。

母が言う。「人生は短いから、やりたいと思ったことはやりなさい。お父さんはやりたいこと精一杯やったよ。やらないで後悔するよりやって後悔しなさい。」って。

そうだな。父が残してくれた一番の送りモノは、そのことだって思う。

そうして一週間自問自答。

一番やりたいことはなんだろう。

何をしているときが楽しいだろう。

自分の体力で出来る範囲はどのあたりかな。

そして、それは誰かの役に立つだろうか。

この間、いっぱい本も読んで、いろいろと学んだりもした。

結果、自分が封印していた一番痛いところに気が付いた。

オットにそのことを告白すると・・・

「これからだよ。」

と言ってくれた。

もともと掃除や家事が大好きだったのに、ここ2~3年はそれが苦痛になっていた。

どうしても片づかない部屋をこれをきっかけに大掃除。できた。

部屋を掃除するということは自分が固執している思いや過去、決心がつかない迷いを捨てることになるようだ。

今、ずっと敷いていたジュウタンとダイニングテーブルをなくして、スッキリ~。

空気が違う。

オットのことも一時ウンザリしていたけれど、彼もまた迷いながら成長したい不器用な魂なのだと理解すると、また大切な存在になった。

なんだかワクワクする。

「これからだよ。」って言葉が心の中で響きつづけている。

90になる祖母が時々痴呆症状で一日中、空をみつめて会話することがある。

「あ~そう。私は幸せなんですかあ。そうですよねえ。あ~そうですかあ。そんなにいいところなんですかあ。わあ、嬉しい。早く参らせてください。お母さんに会いたい。」を繰り返す。

やっぱり最後はお母さんに会いたいものなのかなあと、祖母を見ながら思う。

「おばあちゃん、幸せそうで良かった。」と話しかけると。

「ええ、私は幸せ。今が一番幸せです。早く参らせていただきたいです。すごくいいところなんだと。あなたも一緒に往きましょうよ。」と言う。

「私はまだやることがあるから逝けないよ。しっかり生きてからにするから勘弁して。」

「そりゃあそうでしょうよ。それがいい。」とニッコリ。

それでも一緒に逝こうと言われなくてホッとする。

まだやりたいことが山盛りある。

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2007年4月 5日 (木)

プレゼントを探す贅沢な時間

今日は職場の女の子が結婚するというので、そのお祝いのプレゼントを探しに出かけた。

一回り年下の彼女はとっても優しくて、私が以前職場で孤立していた時にコッソリ助けてくれるような女の子。

だから、彼女が結婚すると聞いて、とても嬉しかった。

正直、彼女の趣味も好みもなにも知らないので、何を買ったらいいか見当もつかないけれど、彼女の雰囲気を思い起こしながら、ブラブラとお店をみて歩くのはとても幸せな時間だった。

結局、彼女に似合いそうなエプロンを買って、ラッピングしてもらった。

自分が結婚した時、職場の人達からいただいたプレゼントのことなんかも思い出す。

当時は結婚の準備やなんかでバタバタして、頭が真っ白になっていたけれど、今更ながらにありがたかったと思いだし、胸があたたかくなる。

私にとって結婚は苦難の始まりで、思い返せば胃が痛くなっていたけれど、なんだ良いこともあったじゃない。と、彼女のお陰で思えるようになった。

1時間歩き回ってプレゼントを決めて、久しぶりに街に出た記念に青山でコーヒーを飲んだ。

コーヒーは体質に合わなくて、滅多に飲まないのだけど、青山のコーヒーは美味しいよとオットが言っていたのを思い出して。

確かに美味しいような気がした。それから、あまり気分が悪くはならなかった(コーヒーを飲むと目が回ることが多々ある私)。

喫茶店でコーヒーを飲むなんて贅沢させてもらった。

それもこれも彼女のお陰のような気がして・・・。ありがとうと思った。

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ごめんなさいが言えるまで

ソウ3歳半はどうしても「ごめんなさい」が言えなかった。

自分が悪いことをしたということを絶対に認められなくて、逆ギレする傾向があった。

例えばジュースをこぼして床がビショビショになったとしても、「ママが悪いの!」ってソッポをむくような感じ。

お兄ちゃんの大切なオモチャを壊してしまっても、じっと黙って、カーテンの陰に隠れて、挙げ句の果てにはオシッコを漏らしてみせる。

兄弟喧嘩でも、つい弟をかばってしまいがちだけど、よーく観察しているとソウの方が悪かったりする。自分が悪いのに、お兄ちゃんが悪いと言って泣いて見せたりと演技が上手い。

いつもごまかして、「ごめんなさい」が言えないままじゃ、将来困るだろうな~と思っていた。

よく諭して、「ごめんね」って言うことがソウのためになるよ。なんて教えても、「僕出て行く、僕のママじゃない。」なんて言う。

そんなことが1年以上続いていた。

三つ子の魂百までだとすると、もう3歳半だから、この子はこのまま大人になるのかなあ。なんて最近は思っていた。

大人でも自分の非を認めることはとても辛いこと。自分の失敗だったり、弱点だったりは目を背けたくなる。

自分は完璧な人間じゃない。って認めることは、大きなステップな気がする。

つい先日、やっぱりめったに非を認めない、「ごめんね。」なんて言わないオットがポツリと私に謝ってくれるという出来事があった。

それは2人の時のほんの一瞬の出来事で、ソウやサクは蚊帳の外の話だけど・・・

どうもあれから、ソウも素直に「ごめんなさい。」が言えるようになった。

親子って不思議だとつくづく思う。

サクもあの後、えらく素直で、気の利いたことを言ってくれたりしていたけれど、ソウが「ごめんなさい。」を言えるなんて、本当に驚いた。

それから保育園でも仲良しのお友達ができて、この前まで意地悪されてた子と、とても仲良く、楽しそうにしている。

たまたま時期が重なったともいえるけど、鏡の法則なのだろうかとふと思う。

それから、親が子供にできる唯一、最高のことは「子供の力を信じること」なんだと知った。

心配するのは親の愛のように勘違いしていた。

「だいじょうぶ、君ならできるよ。」

「だいじょうぶ、こんなママだってできたんだから、できるよ。」

「だいじょうぶ、よく頑張ってるじゃない。」

って言ってあげたい。

子供に不安や、恐怖を植え付けてはいけないんだ。

最近、心理学に興味がでてきて、もっといろいろ本が読みたいと思うようになった。

実家でそんな話をしていたら、義姉がやっぱり心理学がやりたいと言う。

40代でそれなりのキャリアもあるけど、これからは本当にやりたかったことをやりたい。勉強したい。っと熱く語ってくれた。来年大学を受験するって。

術後、体力も気力も落ちてしまい、以前の行動力も判断力もどこへ行ったやら・・・くすぶりまくっている私。

抜け道を探し探し、生活に追われて、見失いがちな人生。人生はそう長くはないのに。

毎日、精一杯、目標に向かって生きていたい。

今日、職場の先輩が「私は今、とても幸せ。ちっとも寂しくないのよ。」って言っていた。

キッパリ「私は幸せだ」と言い切れる人って凄い。

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